③ ガロンの時代

   

 その後、水道は徐々に普及し始め、1960年(昭和35年)頃には、那覇市、名護町、平良市、石垣市など8の市町村水道があり、その他の簡易水道をあわせると約200の水道施設が、琉球列島の人口の約40%に水を供給していました。
 
 日本復帰前の沖縄は、米国の影響を色濃く受け、インチ単位のパイプなど、米国製の資材で水道施設が建設され、水量の単位もガロンが使われました。中でも復帰前に建設された旧石川浄水場はアメリカ式の建築デザインで、他県では見られない特徴のある建物でした。
 また、1940年代後半に建設されたコザ浄水場は、当時の米国の最先端の水道技術が注がれた浄水場で、歴史的に貴重な施設でしたが、北谷浄水場の完成に伴い、平成5年度にその姿を消すことになりました。

 
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